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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.122

新幹線がすれ違う瞬間、願いが叶う? 小学生の目線で描かれた『奇跡』

kiseki01.jpg是枝裕和監督の新作『奇跡』。九州新幹線の一番列車が
すれ違う瞬間に奇跡が起きるという噂を聞きつけた兄弟が
願掛けの旅に出る。
(c)2011『奇跡』製作委員会

 桜島が大噴火すればいい。少年たちは冗談ではなく純粋な気持ちで、そう願う。このご時勢に不謹慎極まりない願いだが、少年たちは真剣だ。両親が別居してしまい、小学6年と4年になる息子たちは、鹿児島と福岡で別々に暮らしている。桜島が大噴火を起こせば、両親はケンカどころじゃないと思い直して、また一緒に暮らせるに違いない。兄弟はそれぞれ親に内緒で、九州新幹線のルートに沿って願掛けの旅に出る。『誰も知らない』(2004)、『空気人形』(09)などシニカルな社会派作品で知られる是枝裕和監督の新作『奇跡』は、少年たちが大人になるための通過儀礼として死体を捜しに行く『スタンド・バイ・ミー』(1986)の日本版といった趣きの作品だ。

 この春に全線開通したJR九州新幹線のタイアップ企画かよと思われがちな作品で、実際にそうなのだが、『DISTANCE』(01)でオウム真理教問題を取り上げ、『誰も知らない』『空気人形』で生きることの痛さ、『歩いても 歩いても』(08)で心に傷を負いながら生きていく家族の姿を描いてきた是枝監督ゆえに、鉄道マニアの動員を狙っただけのイベント映画にはしていない。将来の見通しがつかない、どんよりとした社会情勢の中で、子どもたちの目線に立つことで、より低く、足元を見据えながら描いている。子どもたちを主人公にした『誰も知らない』ではシビアな結末を用意した是枝監督だが、監督自身が『歩いても 歩いても』の後、子どもが生まれたこともあり、シビアさの中にほんのりと希望が感じられる作品に仕上げてある。

kiseki02.jpg兄の航一(前田航基)は母(大塚寧々)に
連れられ、鹿児島で暮らす祖父母の世話に
なる。街の真ん前に活火山があることが信じ
られない。

 主人公は2人の兄弟。兄の航一(前田航基)は母親(大塚寧々)と共に鹿児島で暮らす祖父母(橋爪功・樹木希林)の実家で世話になっている。弟の龍之介(前田旺志郎)は福岡で売れないミュージシャンをしている父親(オダギリジョー)と気ままな生活を送っている。兄弟は父と母が新しい恋人を作らないよう監視しながら、「家族がまた一緒に暮らせるように」と密かに連絡を取り合っている。そんなとき、航一は学校で噂を耳にする。もうすぐ開通する九州新幹線の博多発の「つばめ」と鹿児島発の「さくら」の一番列車がすれ違う瞬間に凄いエネルギーが生じて、奇跡が起きると。そして、その瞬間を目撃した人は願いが叶うと。航一と龍之介はこの噂を信じて、それぞれクラスメイトを伴って鹿児島と福岡を出発。「つばめ」と「さくら」が出会う熊本で合流する約束を交わす。

 子どもたちの願いが切実だ。航一の親友・真(永吉星之介)は、家族同然だった飼い犬が死んでしまい、生き返らせたいと願う。死んだ犬をカバンに詰め込んで熊本に向かう。蘇ったら、それこそスティーヴン・キング原作の『ペット・セメタリー』(89)だよ。父親に似て、女の子にモテモテの龍之介はクラスメイトの女子たちを連れてくる。中でもひと際目立つ美少女・恵美(内田伽羅)がいる。恵美の願いは「女優になりたい」というものだが、これは志なかばで妊娠してしまい、女優業を諦めた母親(夏川結衣)の夢を代わりに叶えようというもの。だが母親は恵美の優しい性格では女優として成功しないよと否定的だ。恵美が女優を目指しているのは、詳しくは触れられないが、テレビのCMやドラマに出るようになれば、別れた父親が自分の存在に気づいてくれるかもしれないという想いもあるのだろう。もしかしたら、父親が会いに来て「がんばったな」と誉めてくれるかもしれない。母親に対して「立派に育てたな」と言ってくれるかもしれない。意外にも子どもたちの願いは、自分のことよりも家族のことを心配し、思い遣るものが多い。

kiseki03.jpg弟の龍之介(前田旺志郎)と父(オダギリ
ジョー)は福岡で、男2人で気ままな生活を
送っている。龍之介は積極的に地元に溶け込む。

 『空気人形』のオダギリジョーがいい年齢して売れないミュージシャン、『歩いても 歩いても』の阿部寛がデリカシーに欠ける小学校の教員、やはり『歩いても 歩いても』の樹木希林がハワイアンに熱心な祖母と、是枝作品オールスターキャストかというくらい豪華なキャストがそろっている。大人たちは完成された人間ではなく、みんな欠点、短所を持っているが、それぞれ自分が選んだ道をマイペースで生きている。子どもたちは敏感で、マイペースで生きている大人の心配はさほどしないが、母親が暗い顔をしていると自分に原因の一端があるのではと気に病んでしまうのだ。

 小学生のお笑いコンビとしてすでに活躍中の”まえだまえだ”が、航一・龍之介兄弟を達者に演じているのに加え、劇中で目を惹くのが、龍之介のクラスメイトの美少女・恵美を演じた内田伽羅。本木雅弘、内田也哉子夫妻の長女(1999年生まれ)で、祖母である樹木希林から勧められ、本作のオーディションを受けて女優デビューを果たした。すでに雑誌のグラビアや映像出演は経験していたが、本格的な演技は初となる。熊本に着いたものの、泊まるところがなくて航一・龍之介たちが困っていると、女優志望の恵美が機転を利かせて老夫婦(高橋長英・りりィ)の家に迎え入れられる。園子温監督の『紀子の食卓』(06)、三木聡監督の『転々』(07)をはじめ、映画の中で”疑似家族”は度々重要なモチーフとして描かれるが、本作で子どもたちと老夫婦がひと晩だけの”疑似家族”を演じるこのシーンは格別に美しい。少年少女たちと老夫婦は”子離れ・親離れ”の儀式を疑似体験する。たったひと晩のうちに、少年少女たちはぐんぐん大人へと成長していく。

kiseki04.jpg龍之介のクラスメイトの恵美(内田伽羅)の
将来の夢は女優になること。夢が叶うかどうか
分かるのは、まだまだ先のことだ。

 クライマックスはいよいよ九州新幹線の「つばめ」と「さくら」が交差する瞬間だ。少年少女たちはあらん限りの大声で自分たちの願いを叫ぶ。彼らの願いは果たして叶うのだろうか? 奇跡は本当に起きるのだろうか? 多分、少年少女たちが思い描いたような具体的な奇跡は、リアリスティックな是枝作品上では起きないだろう。それでもエンディングには、鹿児島の銘菓かるかんのように軽やかな甘い後味が残る。母親たちは帰ってきた我が子がすっかり大人の表情になっていることに驚く。熊本で暮らす老夫婦は久しぶりに懐かしく温かい時間を取り戻すことができた。子どもたちは気づいていないが、奇跡を願いに行った彼ら自身が、小さな幾つもの奇跡を起こしていたのだ。そのことは”誰も知らない”ではなく、観客は知ることになる。漫画家・楳図かずお先生の『わたしは真悟』での言葉だが、「奇跡は誰にでも起きる。だが、そのことに誰も気づかない」と。そういうことらしい。
(文=長野辰次)

kiseki05.jpg
『奇跡』
監督・脚本・編集/是枝裕和 音楽・主題歌/くるり 出演/前田航基、前田旺志郎、林凌雅、永吉星之介、内田伽羅、橋本環奈、磯邊蓮登、オダギリジョー、夏川結衣、阿部寛、長澤まさみ、原田芳雄、大塚寧々、樹木希林、橋本功 配給/GAGA 6月4日より九州先行公開中、6月11日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー
<http://kiseki.gaga.ne.jp>

ぐっちょきパンダ

いい味出してます。

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