日刊サイゾー トップ > 連載・コラム >  パンドラ映画館  > 大人だって”ドラえもん”にいて欲しい 残念男の逆転劇『エリックを探して』
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.98

大人だって”ドラえもん”にいて欲しい 残念男の逆転劇『エリックを探して』

eric01.jpgイエローカード続きの人生を送る中年男エリック(スティーヴ・エヴェッツ)の前に、サッカー界の英雄エリック・カントナが出現。ハッパの吸いすぎか?
(C)Canto Bros. Productions, Sixteen Films Ltd, Why Not Productions SA, Wild Bunch SA, Channel Four Television Corporation,France 2 Cinema, BIM Distribuzione, Les Films du Fleuve, RTBF (Television belge), Tornasol Films MMIX

 ”イマジナリーフレンド”とは空想上の友達。幼年期に自分だけのイマジナリーフレンドを持つことで、寂しさや不安を紛らわせながら成長していく子どもは少なくない。藤子不二雄原作の『オバケのQ太郎』や『ドラえもん』も、思春期を迎える前の主人公・正太やのび太にとってのイマジナリーフレンドだと言えるだろう。子どもたちは成長するに従って実社会でのコミュニケーション能力を身に付け、イマジナリーフレンドと別れていく。しかし、最近では大人たちの気苦労がずいぶんと増えてしまった。仕事や家族の問題、将来に不安を抱えていても、大人には気軽に相談する相手がいない。ドラえもんのように発明品をポケットから出してくれなくてもいい。ただ、自分の悩みや愚痴を聞いて、ポンと背中を押してほしいのだ。そこで登場するのが”大人のためのイマジナリーフレンド”である。イギリスの巨匠ケン・ローチ監督の最新作『エリックを探して』は、人生に落伍しかかった中年男がイマジナリーフレンドに励まされて自分を取り戻していくハートフルなコメディとなっている。

 マンチェスターで暮らすエリック(スティーヴ・エヴェッツ)はバツ2の冴えない郵便局員。若い頃はダンス大会で優勝し、ダンスのパートナーを務めてくれた町いちばんの美女リリーと結ばれ、人生はバラ色だった。だが、リリーが妊娠していることがわかり、エリックは混乱してしまう。このまま家庭に収まって平和な一生を過ごせるのか。気づいたらエリックはリリーの待つ家とは反対方向へと走ってしまっていた。その後、別の女性と再婚するも、再婚相手は連れ子の息子2人を残してトンズラ。ダンス大会で優勝した思い出のブルー・スエード・シューズはとっくに何処かに消えてしまった。大好きだったサッカーチーム「マンチェスター・ユナイテッド」の観戦も、チケットが値上がりしたこともありご無沙汰している。血の繋がらない息子2人を養うためにエリックは毎日働いているようなものだが、兄のライアンは街のギャングと付き合い、弟のジェスは不登校状態。父親をなめきっている息子2人にエリックは怒り心頭。自分は何のために生きているのか、エリックにはさっぱり分からない。

eric02.jpgケン・ローチ監督は就労問題を扱った『この
自由な世界で』(07)などシリアスな作品が
多いけど、今回は肩の力の抜けた軽快なコメディ
っすよ。

 エリックが情緒不安定になったことを心配して、郵便局の仕事仲間たちがあれこれと心配する。自己啓発本マニアの同僚ミートボールに薦められ、仲間たちと一緒に「師と仰ぐカリスマ」を頭の中に思い描く。フィデル・カストロ、ネルソン・マンデラ、マハトマ・ガンジー、サミー・デイヴィス・Jr…….。そんな中でエリックの口から出た名前は、エリック・カントナだった。マンチェスター・ユナイテッドの90年代のエースストライカーで、荒っぽい気性ながらマンチェスター・ユナイテッドに黄金時代をもたらした大英雄だ。同じエリックという名前でも、サッカー選手のエリックは華麗なゴールを次々と決め、悪質な観客やマスコミから売られたケンカはしっかり買い、ファンの記憶の中で鮮明に輝き続けている。それに比べて、今の自分はどうなんだ? 職場の仲間たちが帰った後、エリックはハッパを少々吸いながらポスターの中の”キング・エリック”に語りかける。そしてエリックが振り返ると、髭面の颯爽とした男が立っていた。あのエリック・カントナが自分の前に立っていたのだ。

 自分に自信が持てない残念な男エリックが、いつも以上に落ち込んでいたのには理由があった。最近、別れた最初の妻リリー(ステファニー・ビショップ)と大学に通う娘のことで久々に会う約束をしたのだが、30年経ってもリリーは美しいまま、いや知性と優雅さを身にまとい、若い頃よりも洗練された女性になっているのだ。怖じ気づいたエリックは約束をすっぽ抜かして敵前逃亡してしまう。昔のように、またパニック状態に陥ってしまったのだ。自分の人生を全否定し、消極的になっているエリックに対し、”キング・エリック”は「すべては美しいパスから始まる」「サイコロを振らなくては目は出ない」「チームメイトを信頼せよ」などのアドバイスを送る。敬愛するスター選手の存在に励まされ、エリックはヨレヨレで不格好ながらもリリーや息子たちに向かって懸命にシュートを放つ。果たして空想上の人物の助言は、エリックの実人生を変えることができるのだろうか。

eric04.jpg30年ぶりに再会したエリックと最初の妻リリー。
リリーにとって別れた元夫エリックはもはやどう
でもいい存在だったが……。

 大人のためのイマジナリーフレンドが登場する映画と言えば、ウディ・アレン主演&脚本の『ボギー!俺も男だ』(72)。ハンフリー・ボガート主演の『カサブランカ』(42)を偏愛するバツイチ男が、ハンフリー・ボガートにそっくりなトレンチコートの男に励まされるコメディだ。みうらじゅん原作、田口トモロヲ監督の『アイデン&ティティ』(03)は売れる音楽か自分が本当にやりたい音楽かで悩むロック青年の前に、ボブ・ディランそっくりな男が現われ、ロックの真理を問い掛けてくる。92年から上演されている劇団キャラメルボックスの人気舞台『また逢おうと竜馬は言った』は、司馬遼太郎の歴史小説『竜馬がゆく』を愛読する気弱なサラリーマンが悩む度に坂本竜馬が現われて喝を入れるというお話。イマジナリーフレンドが活躍するのは、何も映画や舞台の中だけではない。作家の村上春樹は執筆に煮詰まった際には、空想上のウナギに意見を求めるそうだ。『アンネの日記』のアンネ・フランクは、空想上の親友キティーに毎日手紙を書くことで、ナチスドイツによるユダヤ人狩りの恐怖に耐え続けた。

 大人にもなってイマジナリーフレンドを持つなんてバカげていると思うなかれ。日常から隔離された映画館で映画を見るという行為をボクらが繰り返しているのも、映画というフィクションの世界の中で、子どもの頃に憧れていたヒーローや美女、いつの間にか別れてしまったイマジナリーフレンドたちと再会することを無意識に願っているからではないだろうか。のび太にドラえもん、郵便局員のエリックにエリック・カントナが付いているように、自分の中に何でも相談できる親友や理想の師匠を持つことでずいぶんと日常の風景が変わってくるはずだ。
(文=長野辰次)

eric05.jpg
『エリックを探して』
監督/ケン・ローチ 脚本/ポール・ラヴァティ 出演/スティーヴ・エヴェッツ、エリック・カントナ、ジョン・ヘンショウ、ステファニー・ビショップ 配給/マジックアワー+IMJエンタテインメント 
12月25日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラスト有楽町ほか全国ロードショー <http://www.kingeric.jp>

ドラえもん タイムマシンBOX 1979

助けて! ドラえもん!!

amazon_associate_logo.jpg

●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX
[第97回]平凡な高校生デイヴは2度変身する!原点回帰のヒーロー『キック・アス』
[第96回]村上春樹の超絶ベストセラーの映画化『ノルウェイの森』はどこにある?
[第95回]実在した”奇妙な高額バイト”の顛末 心理サスペンス『エクスペリメント』
[第94回]“アル中”カメラマンの泣き笑い人生『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』
[第93回]朝ドラと異なる映画『ゲゲゲの女房』ゴールなき”貧乏耐久”2人3脚走
[第92回]バラエティーでの実績は通用するか? テリー伊藤の初監督作『10億円稼ぐ』
[第91回] 不謹慎なる社会派エンタテイメント『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』
[第90回]“世界のナベアツ”大阪府知事に就任! 政治コメディ『さらば愛しの大統領』
[第89回]自分の恋愛もプロデュースする女優、ドリュー・バリモア主演『遠距離恋愛』
[第88回]スタローンが立ち上げた”筋肉共和国”男たちの祭典『エクスペンダブルズ』
[第87回]元”おはガール”安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』
[第86回]マイノリティーは”理想郷”を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』
[第85回]清純派・佐藤寛子が美しく”変態”! 官能サスペンス『ヌードの夜──』
[第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』
[第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』
[第82回] “企画AV女優”たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』
[第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』
[第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な”日常生活”を彩る『カラフル』
[第79回]米軍に実在した”超能力部隊”の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』
[第78回]戦場から帰還した夫は”芋虫男”だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』
[第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』
[第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ……夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ
[第75回] “生きる”とは”見苦しい”ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』
[第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』
[第73回] “三億円事件”の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』
[第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』”渦中の人”リック・オバリー氏の主張
[第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』
[第70回] 下町育ちの”北野少年”が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』
[第69回] “リアルと虚構の狭間”を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』
[第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』
[第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼!
[第66回]アナーキーな”社歌”で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』
[第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』”家族”という名の地獄から脱出せよ
[第64回]乱れ咲く”悪の華”ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』
[第63回] オタク王が見出した”夢と現実”の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』
[第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか?
[第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ!
[第60回]宮崎あおいの”映画代表作”が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』
[第59回]“おっぱいアート”は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』
[第58回]現代に甦った”梶原一騎ワールド”韓流ステゴロ映画『息もできない』
[第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』
[第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』
[第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』
[第54回] “空気を読む”若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は?
[第53回]社会の”生け贄”に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』
[第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? ”寅さん”の最期を描く『おとうと』
[第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』
[第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』
[第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』
[第48回]全米”オシャレ番長”ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』
[第47回]市川崑監督&水谷豊”幻の名作”『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化
[第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』
[第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!”神の子”の復活を追う『マラドーナ』
[第44回] 暴走する”システム”が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』
[第43回]“人は二度死ぬ”という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは?
[第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』
[第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』
[第40回]“涅槃の境地”のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』
[第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』
[第38回]海より深い”ドメスティック・ラブ”ポン・ジュノ監督『母なる証明』
[第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』
[第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』
[第35回]“負け組人生”から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』
[第34回]2兆円ペット産業の”開かずの間”に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』
[第33回]“女神降臨”ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』
[第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』
[第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』
[第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇
[第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』
[第28回]“おねマス”のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』
[第27回]究極料理を超えた”極地料理”に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』
[第26回]ハチは”失われた少年時代”のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊!
[第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』
[第24回]悪意と善意が反転する”仮想空間”細田守監督『サマーウォーズ』
[第23回]沖縄に”精霊が暮らす楽園”があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』
[第22回]“最強のライブバンド”の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』
[第21回]身長15mの”巨大娘”に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』
[第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』
[第19回]ケイト姐さんが”DTハンター”に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』
[第18回]1万枚の段ボールで建てた”夢の砦”男のロマンここにあり『築城せよ!』
[第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』
[第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡”脱力”劇場『インスタント沼』
[第15回]“裁判員制度”が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』
[第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』
[第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』
[第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』
[第11回]美人女優は”下ネタ”でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』
[第10回]ジャッキー・チェンの”暗黒面”? 中国で上映禁止『新宿インシデント』
[第9回]胸の谷間に”桃源郷”を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』
[第8回]“都市伝説”は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』
[第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』
[第6回]派遣の”叫び”がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』
[第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が”倒錯美”の世界へ
[第4回]フランス、中国、日本……世界各国のタブーを暴いた劇映画続々
[第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は……
[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

最終更新:2012/04/08 22:55
ページ上部へ戻る

配給映画

トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • twitter
  • feed