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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.151

父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』

himizu__001.jpg自己模倣に陥ることなく、園子温監督が自身の新しい可能性を切り開いた『ヒミズ』。主演の染谷将太と二階堂ふみはベネチア映画祭で新人賞を受賞。
(c)「ヒミズ」フィルムパートナーズ

 暗黒の荒野に、ちっぽけな灯りをともす映画だ。園子温監督の最新作『ヒミズ』は、園監督らしく暴力と絶望に覆われている。しかし、暴力と絶望がガレキの山のように積み重なった現実社会の最果てに、主人公はようやく希望を見出す。その希望は誰かに与えられたものでもなく、また道端に都合よく落ちていたものでもない。のたうち回り、泥まみれ血まみれになりながら、自分の体を雑巾のようにギリギリまで絞り込むことで染み出てきた一滴のシズクにすぎない。でも、その一滴のシズクの価値を分かち合える存在が現われる。そして、その相手はシズクが体中を満たすまで待つという。ヒミズ(モグラの仲間)のようにずっと世間に背を向けて暗い世界で生きてきた主人公に、初めて朝が訪れる。

himizu__002.jpg中学生の茶沢景子(二階堂ふみ)は変わり者の同級生・住田のことが気になって仕方ない。住田語録を書き溜めている。

 2011年、『冷たい熱帯魚』『恋の罪』と立て続けにヒットを飛ばした園監督。低迷する邦画界にあって、ひとり気を吐く存在だ。連続殺人鬼(でんでん)が人間の肉体だけでなくモラルさえもバラバラにしてしまう『冷たい熱帯魚』では救いのないバッドエンディングを用意することで、「愛とか希望とかに囚われずに生きてみろ」と力強いメッセージを発信した。突き抜けた演出の『冷たい熱帯魚』を撮り上げたことで、園監督自身もサイアクな精神状態から立ち直ることができたと語っている。続く『恋の罪』では『熱帯魚』と同様に猟奇殺人事件を描きながらも、坂口安吾の『堕落論』のごとくドン底まで落ち切ることでようやく地に足を着けて生きることに成功するヒロイン(神楽坂恵)の変身ぶりを描いてみせた。そして『ヒミズ』は、『熱帯魚』『恋の罪』に続く完結編に位置する物語といっていい。『熱帯魚』でモラルから解き放たれ、『恋の罪』でドン底まで落ちる覚悟を決め、『ヒミズ』に至ることでついに前に進むことができる。

himizu__003.jpg住田の家に、居場所を失った人々が集まる。住田は血の繋がった家族ではなく、新しい仲間たちに支えられる。

 園監督は代表作である『紀子の食卓』(06)、『愛のむきだし』(08)などで、人間社会を構成するいちばんの基本単位である”家族”は、もうスカスカの空っぽであることを繰り返し描き続けてきた。温かくて愛に満ちた家庭なんて、ただの幻想にしか過ぎないと。映画というフィクションで、現実社会に横たわる形骸化した家庭像を打ち壊してきた。その破壊作業は『熱帯魚』『恋の罪』の興行的、作品的成功で一応の成果をみたといっていいだろう。だが、夢とか希望とかを徹底的に否定してきたものの、否定しきれないものが手元に残った。暴力と絶望だけでは破壊しきれない、ほんの小さな希望の種が見つかった。監督自身の厳格だった父親との死別をモチーフにした『ちゃんと伝える』(09)にも予兆が感じられたが、生身の人間として、クリエイターとしての心境の変化というヤツだろう。今まで家族を否定する作品を撮り続けてきたが、『恋の罪』の公開時に『熱帯魚』に続いてヒロインを演じた神楽坂恵と入籍している。12月20日に放映された生トーク番組『スタジオパークからこんにちは』(NHK総合)では、自身の結婚のことを「人生の実験」と称した。

 固定観念に囚われないのが園監督の魅力だ。これまでオリジナル脚本にこだわってきた園監督だが、『ヒミズ』は古谷実の同名コミックが原作。ここにも園監督の心境の変化が感じられる。ストーリーはおおむね原作に沿った形で進む。だが、クランクイン前に東日本大震災が起きたことから、舞台設定が首都圏のある地方都市から3.11後の被災地へと大きく変わった。主人公は中学生の住田(染谷将太)。家は河川敷で貸しボート屋を営んでいる。震災で家や仕事を失った人々(渡辺哲、吹越満、神楽坂恵)が家の裏に住み着き、小さなコミュニティーを築いている。学校では教師が「夢を持て」「住田、がんばれ」とうるさい。でも、住田はもう充分にがんばっている。それに夢を持てば、失望して落ち込むだけではないか。夢も希望も持たずに、平凡に生きるのが住田の夢だ。学校で浮いている住田の存在が気になってしかたないのが、クラスメイトの茶沢景子(二階堂ふみ)。ストーカーばりに、住田の言動を追い掛ける。『愛のむきだし』のユウとヨーコの立ち場を入れ替えたような関係だ。

himizu__004.jpg『冷たい熱帯魚』で注目を集めたでんでんが今回もキーパーソン役で出演。世直しを考える住田に拳銃をプレゼントする。

 住田の父親(光石研)はアル中で放蕩生活を送り、たまに帰ってきては金を無心して、息子である住田に「お前が死んでいれば保険金が手に入ったのに」と残酷な言葉を浴びせる。母親(渡辺真紀子)は愛人と一緒に姿を消した。”フツーに生きる”という住田のささやかな夢さえも、あっけなく崩れる。フツーに生きたい。でも、フツーに生きることはとてつもなく難しい。好奇心から住田に付きまとっていた茶沢さんが、ここから俄然大きな存在となっていく。他人に迷惑を掛けずにフツーに生きる、という自分のルールにがんじがらめになっていく住田のことが放っておけない。住田は住田自身が考えている以上に、とても純粋で真っすぐな人間なのだ。

 茶沢さんは住田に殴られても、川に突き落とされても、メゲずに住田におせっかいを焼き続ける。住田にかまうことが茶沢さんの生き甲斐となる。いつしか、茶沢さんのおせっかいは大きな愛となって、住田を包み込む。自分で自分を傷つける住田の無垢なる魂を救い出したい。はっきりいって、余計なお世話である。でも、愛とは余計なお世話なのだ。また、時には相手のことを信じてじっと待つ行為も愛である。住田に対してガチンコでぶつかり続けることで、茶沢さんは恋に恋する少女から、母性愛に満ちた大人の女性へと変貌していく。

 土手を転げ落ちてパンツ丸見え状態となり、汚水の流れる川に顔まで浸けられてズブ濡れとなる茶沢役の二階堂ふみが輝いている。園監督の現場といえば、俳優が何も考えられなくなるまでダメ出しを続ける過酷な演出で知られるが、ベネチア映画祭から帰国した二階堂に聞いたところ、「愛に満ちた現場だった」「園監督は優しかった」「染谷くんと本気でやり合えばやるほど、楽しかった」と撮影時を振り返った。園監督は俳優が中途半端に抱えている先入観や常識を叩き壊すためにダメ出しをするわけだが、まだ10代と若く柔軟な感性を持つ染谷と二階堂は、園監督が用意したフィクションの世界でより自由に羽ばたくことができたのだろう。暴力と絶望だらけの物語なのに、不思議なことに爽快感、開放感が溢れているのだ。

 ノーフューチャーな物語のはずが、主人公ふたりの放つ生命力のキラメキが絶望や孤独感を上回り、別の意味を持つ物語へと昇華している。同じことが劇中の台詞にもいえる。序盤、教師が口にしていた「夢を持て」「住田、がんばれ」というウザったい台詞が、母性愛に目覚めた茶沢の口からこぼれることで全く異なる宝石のような言葉となって住田に降り注ぐ。言葉には意味がない。茶沢の住田への一途な想いが、言葉に形を借りて心臓から飛び出してきたのだ。住田は初めて言葉の意味を知る。そして、とても不確かで曖昧なものだけれども、言葉にはならない”愛”というものが地上にあることを知る。それと同時に自分は自分が作った檻の中に閉じ篭っていたことに気づく。

 保険金が手に入らなかったことを後悔し、それでも空っぽになった家から離れることができない住田の父親は、3.11以前の価値観や幻想を振りまき続ける古い社会システムのメタファーだろう。住田はそんな父親を自分の手で葬り去った。父親の存在がなくなれば、問題が解決するわけではない。むしろ、すべては自分の責任として押し寄せてくる。物語のラストで銃声が響き渡る。それは住田が再生するために放たれた号砲である。
(文=長野辰次)

himizu__005.jpg

『ヒミズ』
監督・脚本/園子温 原作/古谷実 出演/染谷将太、二階堂ふみ、渡辺哲、吹越満、神楽坂恵、光石研、渡辺真紀子、黒沢あすか、でんでん、村上淳、窪塚洋介、吉高由里子、西島隆弘(AAA)、鈴木杏 
配給/ギャガ PG12 1月14日(土)より新宿バルト9、渋谷シネクイントほか全国ロードショー http://himizu.gaga.ne.jp

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●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX
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