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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.104

高齢化するニートはどこに行くのか? ”戸塚校長”のその後『平成ジレンマ』

heiseij01.jpgマスコミのカメラに対して、常に不敵な笑みを浮かべる「戸塚ヨットスクール」の戸塚宏校長。”教育や社会の荒廃は、マスコミが原因”だと語る。(c)2010東海テレビ放送

 訓練中に生徒2人が死亡、さらに訓練から逃れるためにフェリー船から海に飛び込んだ生徒2人が行方不明となった。1980年代に日本中を騒がせた「戸塚ヨットスクール事件」だ。83年に逮捕された戸塚宏ヨットスクール校長は「体罰は教育」と無罪を主張したが、裁判では傷害過失致死罪で懲役6年の実刑が下された。この事件をきっかけに教育界では”体罰”はタブーとなる。06年に戸塚校長は刑務所から出所し、ただちにヨットスクールに復帰。マスコミの大バッシングを受けたヨットスクールだが、手に負えなくなった子どもを預ける親は今も絶えることがない。戸塚校長復帰後のヨットスクールの内情を10カ月間にわたって密着取材したのが、東海テレビ放送制作のドキュメンタリー『平成ジレンマ』。10年5月に愛知・岐阜・三重の3県でローカル放映されたものに、取材期間中に飛び降り自殺した女子高生の火葬シーンなどテレビではオンエアできなかった映像を加えた完全版として劇場公開される。

「体罰を止めたために、教育に何が起きたのか。とんでもないことになったんじゃないのか。だから”体罰”は善だったんじゃないのか?」

 番組の序盤で、戸塚校長は自身の講演会に集まった人たちに向かって問い掛ける。愛知県美浜町にある「戸塚ヨットスクール」には現在10名前後の訓練生が共同生活を送っている。かつては非行児が中心だったが、最近は20歳を過ぎたニートや引きこもりが多い。入学金315万円の他に毎月の生活費11万円を払わなくてはならないが、息子や娘の家庭内暴力に苦しむ親たちは藁にもすがる思いでヨットスクールに我が子を託する。未成年なら学校や児童相談所が対応してくれるが、成人したニートや引きこもりに対応してくれる施設は他にはないのだ。マスコミからバッシングという名の社会的制裁を受けたことでヨットスクールから体罰は消え、訓練内容は30年前に比べずいぶんと緩やかなものになった。その分、訓練期間は3カ月から1年と延びている。成人している訓練生たちは就労に備え自動車学校に通ったり、調理の実習に励むが、毎朝6時起床・夜10時就寝という規則正しい共同生活に耐えれず、途中で逃げ出してしまうことが多い。

 09年10月、3階建てのヨットスクールの屋上から飛び降り自殺した17歳の女子高生の姿をカメラは記録している。入校前の彼女はイジメがきっかけで自宅に引きこもり、リストカットを繰り返していた。途方に暮れていた母親を見かねた戸塚校長が「自傷行為のある生徒は受け入れない」というヨットスクールの原則を曲げて入校させたのだ。同じ境遇の女子生徒と仲良くなり、明るい笑顔を見せていた。協調性を養うためのオカリナの練習にも、向精神薬で震える指で取り組んでいた。しかし、入校からわずか3日目で彼女は屋上から飛び降りてしまう。「また体罰があったのか?」とマスコミがヨットスクールに押し寄せる。唯一入室を許された番組のカメラがヨットスクール内で行なわれた葬儀の様子を映し出す。生徒たちが惜別のオカリナ合奏する中、いつも不敵な笑みを浮かべている戸塚校長が憔悴した表情で正座したまま固まっている。事務所ではヨットスクールを非難する電話が鳴り響く。

heiseij02.jpg戸塚校長は現在70歳。戸塚ヨットスクールが
無くなれば、ニートや引きこもりを受け入れる
“最後の受け皿”は日本社会から消滅すること
になる。

 09年7月から10年5月にかけてヨットスクールを密着取材した東海テレビ放送の齊藤潤一ディレクターが取材の発端について語った。

「ボクが中学生の頃に『戸塚ヨットスクール事件』が起き、悪いことすると『戸塚ヨットスクールに入れるぞ』とよく言われていました。そのヨットスクールが事件後も存続していることを知ってボク自身が驚いたのが、企画の始まりです。あれだけの騒ぎになったのに、なぜ今もあるのか? その理由を確かめるために戸塚校長にまず会って、ヨットスクールの取材を申し込みました。変なことを言ったら、ぶん殴られるんじゃないかと緊張しましたね(苦笑)。戸塚校長は『今の教育がダメになったのは、すべてマスコミのせいだ』とマスコミ批判を1時間ほどしゃべった後、最後に『撮りたければ、撮ればいい』と素っ気なくOKしてくれました。この人は懐が深いのか、それとも何も考えていないのか、どっちなんだろう? 戸塚校長の人間性の不思議さにも興味を持ちました。怖いもの見たさで、ヨットスクールの取材を始めた部分も正直あるかもしれません」

 戸塚校長はカメラの前で、常にアルカイックスマイル然とした笑顔を見せている。齊藤ディレクターは”戸塚スマイル”をこう解説する。

「あの表情はマスコミ向けのものです。あの強気の態度のせいで、誤解されている部分が大きいでしょうね。本当は恥ずかしがり屋なんですが、マスコミの前では”舐められてたまるか”という気持ちをいつも持っているんです。毎週3~4日通い続けることで、ヨットスクール内はフリーパス状態でカメラを回せるようになり、女子高生の葬儀の様子もマスコミで唯一撮影することが許されました。戸塚校長からはことあるごとにマスコミ批判について聞かされましたが、こちらが教育問題について投げ掛けると、熱く語ってくれる人でもあるんです。でも、10カ月間取材した我々に対しても、最後まであの表情は変えませんでしたね」

heiseij03.jpg東海テレビの齊藤潤一ディレクター。「子ど
もの頃の躾が大事なことを実感しました。自分
にも小学生の娘がいます。でも、ヨットス
クールに預けるのは、ちょっと考えますね」と
実直に話す。

 ”平成ジレンマ”と名付けた番組タイトルについて、齊藤ディレクターは語る。

「戸塚ヨットスクールは開校当初は将来のオリンピック選手を育てるための”ジュニアヨットスクール”という名称で、『その頃がいちばん楽しかった』と戸塚校長は話していました。たまたま参加した不登校児が小学校に通うようになったことをマスコミが報道したことから、全国から情緒障害児ばかりが預けられるようになり、生徒数が100人と膨れ上がったんです。事件が起きるとマスコミは一転して、バッシングしました。戸塚校長とヨットスクールを社会的に抹殺したわけです。でもマスコミは戸塚校長を非難するだけで、ヨットスクールの代わりに情緒障害児たちの受け皿になるものを作ろうと提案し、積極的に動いたようには思えません。『平成ジレンマ』というタイトルには、自分も今、所属するマスコミに対しての自省の意味も込めています。答えが簡単に出るものではありませんが、考えるきっかけになれればと思うんです」

 といっても番組は、戸塚校長とヨットスクールを擁護するためのものではない。「擁護するつもりなら、最後は更生に成功した卒業生たちを並べて、爽やかな終わり方にしていたと思います」と齊藤ディレクターは言う。実際の番組のエンディングは更生したように見えた卒業生が紹介された職場から姿を消し、戸塚校長が「小さいときに教育しないと効果がない」と唱えているにも関わらず、40歳の引きこもりが新たに入校してくるシーンで終わりを告げる。戸塚校長は『平成ジレンマ』を観て、怒ることもなく、逆に齊藤ディレクターにねぎらいの言葉を掛けることもなかったそうだ。

 劇場版ではエンドロール部分にワイプ画面として、訓練生が先輩から小突かれる様子、ヘッドロックを掛けられる様子なども映し出される。現在の戸塚ヨットスクールには体罰は存在せず、これはあくまでも生徒同士のスキンシップということらしい。このエンドロール部分の映像も、テレビ放映時には流されなかったものだ。訓練生、卒業生たちへの配慮から、劇場公開後のDVD化の予定はない。東海エリア以外の人たちにとっては、劇場での上映が唯一の機会となる。改めて問われる体罰の是非、年々高齢化するニート・引きこもり問題、マスメディアの在り方……、様々な問題が知恵の輪のごとく絡み合った”平成ジレンマ”はどうすれば解決の道に向かうことができるのだろうか。試写室が明るくなった後、途方もない絶望感が襲いかかってきた。
(文=長野辰次)

heiseij04.jpg
『平成ジレンマ』
ナレーション/中村獅童 プロデューサー/阿武野勝彦 撮影/村田敦祟 音声/戸田達也 編集/山本哲二 監督/齊藤潤一 
製作・著作・配給/東海テレビ放送 配給協力/東風 1月29日(土)より名古屋シネマテーク、2月5日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開 
<http://www.heiseidilemma.jp>

●『平成ジレンマ』公開前夜祭
2月4日(金)『裁判長のお弁当』上映&トーク「テレビと映画、ドキュメンタリーの境界線」
18:30開場/19:00開演 会場/ポレポレ坐(ポレポレ東中野1Fのカフェ) 
ゲスト/田中早苗(弁護士)、石井彰(放送作家)、阿武野勝彦(プロデューサー)、齊藤潤一(ディレクター)

●東海テレビドキュメンタリー〈傑作選〉
2月19日(土)『光と影 光市母子殺害事件・弁護団の300日』
2月20日(日)『罪と罰 娘を奪われた母 弟を失くした兄 息子を殺された父』
2月21日(月)『村と戦争』
2月22日(火)『約束 日本一のダムが奪うもの』
2月23日(水)『毒とひまわり 名張毒ぶどう酒事件の半世紀』
2月24日(木)『検事のふろしき』
2月25日(金)『裁判長のお弁当』
数々の受賞歴を持つ齊藤潤一ディレクターと阿武野勝彦プロデューサーのコンビ作を中心とした東海テレビ制作の力作ドキュメンタリーを特集上映
各日14:20~ 会場/ポレポレ東中野

戸塚ヨットスクールは、いま?現代若者漂流

著書/東海テレビ 岩波書店より2月4日(金)発売

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[第98回]大人だって”ドラえもん”にいて欲しい 残念男の逆転劇『エリックを探して』
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最終更新:2012/04/08 22:54

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