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 >   > ホラ吹きのホラを見破る特異な職能 ポランスキー監督『ゴーストライター』
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.133

ホラ吹きのホラを見破る特異な職能 ポランスキー監督『ゴーストライター』

ghost01.jpgユアン・マクレガー主演の政治サスペンス『ゴーストライター』。
誰が敵か味方か分からない状況に怯える主人公を描くと、
ロマン・ポランスキー監督は抜群にうまい。
(C)2010 SUMMIT ENTERTAINMENT, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 映画史上もっとも波乱に満ち、スキャンダラスな生涯を送るロマン・ポランスキー監督。ポーランド人の両親はナチスによって強制収容所に送り込まれ、戦時下を逃げ惑う少年期を過ごした。ハリウッドに招かれて撮ったホラー映画『ローズマリーの赤ちゃん』(68)がヒットし、幸福期を迎えたポランスキー監督だったが、彼の子どもを身籠っていた妻シャロン・テートは1969年にカルト教団の襲撃に遭い惨殺。『チャイナタウン』(74)で復活を遂げるが、13歳の少女への淫行罪で77年に逮捕。その保釈中に「海外でロケがある」と偽って、米国を脱出。欧州へ逃亡し、『テス』(79)、『赤い航路』(92)、『戦場のピアニスト』(02)と名作、話題作を産み落としてきた。2009年にチューリヒ映画祭で生涯功労賞を受賞するためにスイス空港に到着したところ、米国司法の要請を受けたスイス当局によって拘留されたことは記憶に新しい。ユアン・マクレガー主演の『ゴーストライター』は、拘留中のポランスキー監督がポストプロダクションの指示を出して完成に至った作品。ポランスキー監督の代表作は、どれも”いわくつき”ばかり。本作もまたいわくつきとなったが、見応え充分な政治サスペンスとなっている。

 ユアン・マクレガーが演じるロンドン在住の主人公は名前がない。主人公の職業は”ゴーストライター”。もっぱらタレントやスポーツ選手をインタビューして、面白おかしく自伝にまとめている。ゴーストライターの名前が本にクレジットされることはない。自分は表に出ず、本人の”分身”となって1冊の本に仕上げ、出版業界を渡り歩いてきた。そんな主人公の元に、ギャラ25万ドルという破格の仕事が寄せられる。前英国首相のアダム・ラング(ピアーズ・ブロズナン)の回顧録の依頼だが、1カ月以内に仕上げろという。すでにラングへのインタビューは済んでおり、草稿に手を加えるだけでいい。しかし、ギャラが相場から大きくかけ離れている仕事ほど、怪しいものはない。この仕事はどうも臭う、ぷんぷん臭う。なんせ、前任のゴーストライターはフェリーから落ちて溺死体として海岸に打ち上げられているのだ。編集者たちにうまく言いくるめられ、渋々と主人公は米国の離島にあるラングの別荘へ向かった。折しも、ラングが在職中にイスラム系過激派をテロ容疑で不当に逮捕し、CIAに引き渡した疑いが持ち上がる。出版社はこの話題に乗じて発売するから、締め切りを2週間繰り上げろと無茶ぶりを言ってくる始末だ。

ghost02.jpg『007』シリーズで英国の誇るヒーローを演じ
てきたピアーズ・ブロズナンが前英国首相役。
ダイコンチックな演技が今回のキャラには
ぴったり。

 ラングの別荘に到着した主人公は前任者の書いた草稿に目を通すが、これが酷い出来。ラングの家系が延々と書かれた序文で、誰も読む気がしない代物。首相退任後も多忙なラングを捕まえて、改めてインタビューを始める。想像したよりもラングは気さくで、「自分が政治にのめり込んだきっかけは、ひとりの美しい女性との出会い。その女性に惹かれて、彼女のいる政党に入ったんだ」と語り始めた。その女性はルース・ラング(オリヴィア・ウィリアムズ)。ラングの妻だ。後の女房となる女性のハートを射止めるために、政治家になったというわけだ。人間味のある、なかなか良いエピソードではないか。冒頭に持ってくると、キャッチーかもしれない。だが、主人公の心のアンテナが囁く。このエピソードはフェイクだ、うまく出来過ぎていると。ペテン師のペテンを見破れるのは同業のペテン師だけだ。長年、ゴーストライターとしてホラ吹きたちの自伝づくりに協力してきた主人公は、ラングが自分の過去を捏造しようとしていることを察する。

 『スター・ウォーズ』シリーズでは”ジェダイの騎士”を演じたユアン・マクレガーだが、本作ではただのライター稼業。主人公の武器は嘘と事実を嗅ぎ分ける嗅覚と人一倍旺盛な探究心、そして手元にある資料から取材相手の思考パターンを読み取ることだ。地元の漁師に話を聞くと、フェリーから落ちた溺死体は海岸には打ち上がらないという。さらに主人公がラングの別荘にあったゲスト用の車に乗ると、カーナビゲーションに前の利用者の記録が残っていた。ナビゲーションはフェリーの発着場へと誘う。どうやら、前の利用者は溺死した前任のゴーストライターらしい。前任者はどういうルートを辿って本当のゴーストにされてしまったのか、主人公は恐る恐るナビゲーションの声に従う……。

ghost03.jpgラングの秘書アメリア(キム・キャトラル)は
ラング、ラングの妻ルースとドロドロの三角
関係。取材を続けるうちに、面倒な人間関係に
巻き込まれる。

 日本でのゴーストライターといえば、高視聴率を記録した大河ドラマの脚本家にゴースト疑惑が持ち上がる騒ぎとなった。ベテランの人気ミュージシャンも、まるで違ったタイプの新曲を書き上げる度にゴースト疑惑が持ち上がる。もちろん、出版業界もゴーストでいっぱいだ。出版不況から、ネームバリューのないライター名義で本を発売するよりも、タレントや有名人の名前で売る傾向がますます強まっている。ゴーストを引き受ける側も自分の名前で出版して売れないより、有名人の話題性でベストセラーとなって多めの印税を手にしたほうがいい。食べていくために、名より実を獲れだ。その代わり、ゴーストになったら、余計な自己主張や野心は捨てなくてはいけない。ゴーストから作家にうまく転身できたのは、林真理子、重松清とわずかな成功例だけだ。影の存在であるゴーストから表の世界へと抜け出すのは、本作も現実も同じように容易ではない。

 本作はポランスキー監督が拘留中の第60回ベルリン映画祭で銀熊賞(最優秀監督賞)を受賞した。ポランスキー監督が市民権を持つフランスがスイスに働き掛けたこともあって、ポランスキー監督は結局のところ米国司法に引き渡されることなく2010年7月に10カ月間にわたる軟禁状態を解かれ、自由の身となった。ポランスキー監督がその生涯を自伝として赤裸々にカミングアウトすれば、ベストセラーは間違いないだろう。ポランスキー監督の自伝なら、ゴーストでも構わないというライターがわらわらと名乗り出るに違いない。スキャンダラスな巨匠とゴーストライターとの虚々実々なやりとりも、ぜひ映画化してほしい。ポランスキーの抱える心の闇にどこまで迫れるのか、スリリングなものになるはずだ。
(文=長野辰次)

ghost04.jpg
『ゴーストライター』
原作/ロバート・ハリス 脚本/ロバート・ハリス、ロマン・ポランスキー 出演/ユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナン、キム・キャトラル、オリヴィア・ウィリアムズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・ハットン、ロバート・パフ、ジェームズ・ベルーシ、イーライ・ウォラック 配給/日活 8月27日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー公開 <http://ghost-writer.jp>

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名作。

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